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ある初心者のM女性から、主人と奴隷との「距離感」について話が聞きたい、というリクエストがありました。


「距離感」というのは、主人と奴隷との関係性の事です。

普通、SMというのは主人との間に距離がありそうな雰囲気があります。

主人の懐には、容易に近づいていけないような気がするかもしれません。


でも、おそらく質問したM女性は、主人との距離を縮めたいと考える筈です。

主人に少しでも近い存在でありたい、と思っているからです。

しかし、主従関係では絶対的な身分が違うのだから、距離を縮めるのは失礼になってしまうのではないのか・。

そもそも主人が好まないかもしれないし、

奴隷は奴隷であって、主人から「距離感を縮める必要などない」などといわれれば、それが正しいようにも感じてしまうのです。

でも、それで心の支配なんて、可能なのかどうか・。信頼関係はできるのか・・と考えてしまう。

結果、良く分からなくなってしまいます。






さて、

この話が、良く分からなくなる、矛盾を孕んでいるように感じるのは、実は、言葉の定義が明確に示されていないからです。

つまり「距離感」とは何を指し示すのか? ということ。

これをクリアーにすれば、答えを導きやすくなります。




「距離感」には2つの意味があります。

1つめ。

「接し方の距離」

2つめ。

「心の距離」

このように分けることで、いくらかすっきりと考えを進めることが出来ます。



結論から言えば、私は、主従関係において、主人と奴隷との間には、距離感が必要だと考えています。

つまり二人の間には厳格な、一本の線が存在するのです。

奴隷は主人に躾けられ、馴れ合う存在ではありません。

態度や言葉遣い、気持ち、全てにおいて服従し仕えている存在だからです。

奴隷は、主人に接する際に、ある一線を越えては絶対にいけません。

当たり前のことですね。


しかし、

私が言っている距離感とは「接し方の距離」です。

「接し方の距離」が広くても「心の距離」をあける必要がない、というのが、私の調教なのです。

つまり、愛情、信頼関係の強さは、「接し方の距離」によって損なわれないということです。

むしろ、逆に強まります。



具体的な例を書きましょう。

私は奴隷に「」を行います。

主人に仕えるための様々な礼儀作法を躾けるのです。

調教時はご挨拶から始まって、たくさんの礼儀作法があります。

~してはいけない。・・~するときは、~しなさい等、多岐にわたるでしょう。

与えられたものに感謝する気持ちなどもそうです。


どうして躾けるかといえば、奴隷をより支配し服従させ、愛でたいからです。

しかし同時に、躾によって二人の「接し方の距離」は広がります。「心の距離」を縮めるために、です。

厳格な支配の元に交わされる深い関係ほど、悦びをもたらすものはない、ということを貴女が一番知っているはずです。

それこそがSMだからです。

奴隷は、躾けられるにつれ、多くの悦びを感じることでしょう。

より深い関係を築きたいから、「接し方の距離」を保っているのです。


私は奴隷が「接し方の距離」を厳密に守れば守るほど、奴隷の事を好ましく感じます。

自分を律して私についてこようとする奴隷は貴重です。

そういう奴隷こそ、真に大切にすべき存在だと常々感じています。





(ちなみに、この「距離感」という質問の答えは、Sによってかなり考え方のバラつきがあるように感じます。
心の距離を重視されていないSも多くいます。良い悪いではなく、その場合、私の意見とは違った結論になります)







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