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忘年会も今日がピークなのでしょうか。
東京の電車は、23時以降がすさまじい込みようですね。
今日は、幸い、軽めの飲みだったので、その時間帯を避けることができましたが、
この時期の終電帰宅ラッシュは、特にしらふの方にとって災難ですね・・。

さて、
話題は変わりますが、

皆さまは、SMの何が好きでしょう?

私の場合
単純に辱めたり、縛ったり、とかいう、いやらしいことも
好きなのですが・・
SM好きな理由の一つに、
相手の心に一歩踏み込む、ということがあります。

たとえば、
調教を進めていくにつれ、
相手の欲望、心理を少しずつ、拾い出し、表面化させていく。

そして奴隷は自分の心を少しずつ裸にさせられていきます。

そのとき、
私は相手の気持ちに立って、
つまりM側の気持ちに立って、そのM的心理を共感しようと試みます。
自分が一瞬Mになるのです。

そうすると、
もし私が相手のM的心理になれるのなら、
相手の心に一歩踏み込んだ、という感触が出て来きます。

そうやってゆっくりと
相手の反応を楽しむように、気持ちのやりとりをしていると、
さらに効果的な調教ができるようになります。

つまり相手の心をつかむことができるのです。

M女性からすると、
もはやこの人には逆らえない、という気持ちが出て来る瞬間かもしれません。

また、それによって
奴隷が気が狂わんばかりの反応を示したときには、
それを引き出せた事に喜びを感じます。


SMが知的なゲームと称されるのは、
こういった側面があるからかもしれませんね。

ですが、いつも知的なゲームを楽しむのではなく、
本能のおもむくまま、っていうのも悪くありません。


様々なSMリンク集です


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貴女は奴隷になることによって、
主人から何を与えられたいですか?

幸福感ですか?

性的快楽ですか?

安心感でしょうか?


人それぞれ、多様にあるで事でしょう。

そして、
貴女が何を欲し、何を得ているかを
主人は、誰よりも知っているはずです。

なぜでしょう。

それは、
心の中の葛藤
考えていること
恥ずかしい欲求..など

貴女は、すべてを調教によって、隠している場所がないほど、
少しずつ一枚一枚ゆっくりと剥されていくからです。

そしてじっくりと時間をかけて貴女の声は、理解され、
受け入れられていくのです。

結果、貴女は、丸ごと包みこまれているかの如く、
気が付くと、裸にされているのです。身体ではありません。すべて、がです。

最も見られたくない部分を晒し、
受け入れられる時、
貴女は何かが変わったと実感するでしょう。
自分の心のなかに変化を感じ取ると思います。

それが支配されることです。
調教とは、それに至るプロセスです。


では逆に、
主人は貴女を奴隷にして何を得るのでしょう?

よく考えてみてください。

貴女は、主人が何を求めているか知りたいと思いませんか。

だからこそ主人の言葉に真摯に対峙する必要があるのです。

その結果、
命令を、自分でも驚くほど受け入れたいと渇望するかもしれません。
そして、それはおおきな喜びとなります。


さて、

この話の根っこは、実はSMをしない、普通の恋人同士、夫婦間でも同じような
気がします。

SMは、これを「先鋭化」した手段・・。

この辺りは、考えをまとめて、ほかの機会に記すかもしれません。






 


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東京は少し雪が降ったようです。
今年にしてはとても寒いですね。

たまたま高層ビルから見た夜景は、とても空気が澄んでいるように見えました。
それにしても、最近はビルが建ちすぎて、東京タワーが小さく感じるほどですね。
幼少時、新宿にはまだ広い空き地があったのを覚えています。



さて、話はかわりますが、

いままでごく普通に生きてきた女性が、
いきなり「奴隷」扱いされると、
一切の人間性を否定されるような感覚にとらわれ、
途惑う事があります。

 わたしの人格は無視されるの?
 奴隷は大切にされないの?

調教中の全ての事象を「奴隷」の一言で括ってしまうと、
そういった戸惑いを感じることもあるかもしれません。

変な例えですが、
メイド喫茶は、メイドが主体であって奴隷喫茶ではないのが面白いですね。

メイドという言葉には、メイドを人間として扱っている、比較的対等な立場の
ニュアンスが感じられます。

それとは逆に、奴隷という言葉には対等な関係を感じさせない、
ある意味人間性を拒絶したニュアンスです。

そのため、SMはしてみたいけれど、「奴隷」には抵抗がある、と感じてもおかしくないのです。


一方で、「奴隷」という言葉に魅惑的なイメージを持つ方もいらっしゃると思います。

「奴隷」という存在自体に、心が熱くなり、
その立場に身を置きたい・・
そこへ墜ちたいと感じる方もいるかもしれません。

自分の身体を主人に所有され、仕え、
厳格な身分差を感じさせる調教によって、
身体も心も縛られたい・。

命令に逆らうことは許されない状況・。
でも命令に従うこと自体を喜びに感じる・・。

「奴隷」という言葉に抵抗あっても、
このような妄想をされた方も多いかもしれませんね。

ただの言葉一つとっても、
いろいろと考えたり、感じるところがあります。

こういうことで、また、調教スタイルもかわってくるものです。






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これと、
このエントリーからずいぶんと間が開いてしまいましたが、
続きを記したいと思います。

人から褒められると、嬉しいものですね。

それが例えお世辞であったとしても、悪い気はしないものです。

学校で先生に褒められる、会社で上司に褒められる、
そういったことが、次の活力の源となったりする場合もあります。

別の例として
旦那が出世するかしないかは、
奥さんが旦那をよく褒めて自信をつけさせているかどうかで左右される、
と言う方もいます。

毎日「あんたは、~だから、だめなのよ」なんて言われ続けていたら、
たしかに、男は知らぬ間に自信がなくなり、
出世しないのかもしれません・。

女性が美しくなるのも、
男性が褒める事と、おおいに関係があります。
「きれいだよ」という言葉は、
女性をほんとうに美しくさせる力を持っています。

褒められる、という事には、大きな力があるのです。


ここまで話を進めると
お分かりになる方も多いと思いますが、
調教も同じことが言えます。

貴女が調教で頑張って主人に仕えた結果、
褒めの言葉を貰うことがあるでしょう。

そのとき、
とても満たされた気持ちがすると思いませんか。

調教の目的が何かは、Sによって違いますが、
なんにせよ、その目的に向かっている途中、
主人に褒められ、認められることは、
なにかの成長の原動力となるのです。



・・・ただし、褒められることを目的に命令に従っていると、
よくない結果が起きることがあります。

あくまでも、褒められた時に感じる気持ちを
大切にするだけが良いでしょう。




感想等はこちら

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普段、何気なく生活していて、
この女性はMだな、と思うことはあっても、
それを確認することは、なかなかできるものではありません。

ですから、普通に女性と話していて、この女性はMなどと思うのは、
推測の域を出ません。

ですが、なんとなくMかな、と思う瞬間があるのも事実。

稀に視線と視線が絡み合った瞬間に、
主従が成り立っているのかと錯覚してしまう程のM性を感じ取れてしまう事があるのです。

瞳をのぞきこむと、そこにMの光が宿っている、と表現できるかもしれません。


逆に調教中であれば、その瞳の光はいつも見ることができます。

目の前に緊縛され、顔を伏せている奴隷・・
顎を手でつかんで、上を向かせた時の瞳。

特徴的なそういう瞳をみる瞬間は好きです。


視線以外で、Mだな、と感じる事があるとするなら、
それは自分を閉ざしている女性です。

暗いとか、そういう感じではなく、
気さくに話せてたとしても、
いつも明るく振る舞っていても、影がある女性です。

何かを失ったまま生きているような人です。
過去の経験にそれが起因している場合が多いです。
またはその積み重ね・・です。

生き方に自信がないような感じ。
ただそれを本人は全く自覚していない場合も多くあります。
そういった女性にM性を感じ取ることがあります。

ただ、そうはいっても、私も思い違いも多々あるでしょう。
20%当たるか、30%当たるか・・・
そんな程度の違いだと思います。

なにかいい判別方法があれば是非教えてください・。


ちなみに、Sかどうかは、
直接男性に訊けば、意外と本音で返してくれるでしょうから、
分かりやすいかもしれませんね。

例えば、私は
普通の女性にSかMか訊かれたなら、
正直に、すごくS、と答える事が多いです。

すごく、という部分が判別方法です^^







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