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私が、まだSMに足を踏み入れていなかった大学生の頃、
自分の両親を「お父様」「お母様」と呼ぶ女友達がいました。
いまどきそんな人がいるのかと、とても驚いたのものです。
へたをすると漫画や映画の世界ですから。

世間にはこういう人は少ない、と思いきや、私がSMするようになってから、
自分の父親を「お父様」と呼ぶ人と、またしても出会いました。

美咲という奴隷です。
父親が厳格で、いろいろと事細かく躾られました。
その躾のうちの一つが「お父様」だったのです。
ですが父親との関係は、
その厳格さゆえに良好とは言えないようでした。


厳格な父親から躾を受けてきた美咲が、
成人した後も私の元で躾を受ける・・。

普通ならば、避けて通りたい道のような気がしますが、
そうでないところが、興味深い。

人の心は理屈とは正反対の動きをする時があります。
罰としての痛みを欲する、などはわかりやすい例でしょう。


美咲は私にきつく叱られないと安心しない性でした。
そのくせ、人間として私と比較できないほど、か弱いのです。

悪いことをしたら、きっちりと厳しく叱っていただきたい、
そう言う美咲を、
すぐにでも壊してしまえる程の心をもつ美咲を
服従させるのは簡単です。
ですが、その美咲を厳しく調教するのは、簡単ではないのです。

なぜなら弱い存在には優しくしたくなるのが人間です。
ましてや私のS性は、悦子のような強いモノに対して第一に働くのです。

私のやりにくさを敏感に感じ取る心を持ち合わせる美咲は、
私に気を遣います。
ご主人様の負担になってはいけない・・と。
そしてなお一層尽くそうと努力しようとする。

そういう健気な奴隷はとても愛おしい。

そして・・
結果、愛おしいものに厳しく調教したくなってしまう。

書いている内に気づきました。
言っていることが、自己矛盾していますね。
私も理屈とは正反対なのです。



 
わたしからメールの返信がない方がいるようですが、
アドレス間違い、迷惑フィルタにかかっている、などがあるようです。
もう一度、別アドレス等で、送信してもらうと確実ですね。

さて

SMには羞恥責めという言葉があります。

たとえば
恥ずかしい部分を露出させた格好で縛り上げられ・・

その部分を視られ、具体的に言葉で表現されたり・・

意地悪い質問をされつつローターを使われたり・・・

恥ずかしさに次ぐ恥ずかしさで、
悶え苦しませるかのように、責めるのです。

羞恥心が人一倍強い人ほど
その快楽の沼に墜ちていきます。


さて、あたりまえのことですが、
これを「恥ずかしい」と感じなければ
責めにはなりません。

羞恥心がないと、SMの種類によっては、それが成り立たない場合もあります。

こういった羞恥心の強さは、どこから生まれてくるのでしょうか。


SM以外に目を移すなら、
羞恥心の欠如した人は・・

電車の床に座り込んで話してみたり、
恥ずかし気もなく堂々と賄賂を受けとったり、
話題の、給食費を払わなかったり・・

など、モラルが欠如している場合、よく表れてきます。

羞恥心を知らずに生きている人を見ると、非常に可哀想に思う一方、
本人はそれに気が付いていません。

恥ずべき事を「知る」のは、とても意味のあることです。

こうした事を「知る」機会は、主に子供の頃にあります。

「こういう事をしては、人間として、恥ずかしい事なのですよ」と教えられるのです。
親から受ける躾、そして社会と触れていく間に学んでいくのです。

特に、性に関して厳しく躾けられてきた女性は、
性に関する羞恥心を先鋭化されます。

こういった女性が、SMをすると、
常識的な羞恥心が高いため、
非常に良い反応をする場合があります。

M性と育った環境の関連性・・興味深いですね。

M女性とは、きわめて常識的な羞恥心を持った女性です。
「恥ずべき事を知らない」女性には、M性は育たないのかもしれません。
(羞恥心に関係のないSMも存在します)

恥ずかしい気持ちは、大切にしてください。






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人当たりが良く、誰からも好かれているA子さんがいる、とします。
さりげない気遣いも出来、誰に対してもいつも笑顔です。

おまけに頑張り屋さんで、少し無理をしてでも、人のために何かをしようと努力します。
いつも笑顔で魅力的なため、秘かに恋心を抱いている男も多い。

そんな彼女の心の中を覗いてみると・・

彼女は人から嫌われたくない、と考えています。

人に嫌われるくらいなら少しぐらい自分が犠牲になっても構わないと思っています。

人から何か頼まれれば断りません。
いやだな、と思ってもいつも笑顔です。

なので、いつもちょっとずつ無理をしています。
その無理は、相手のためではなく、嫌われたくないためにしています。

相手が苦しんでいるなら心配しなくてはならない。
相手が喜ぶ事をしなくてはならない。

何故なら、それが自分の意味を見いだす手段なのだから・・。

でも、それが予想以上にうまくいっています。
事実、誰からでも好かれているのです。
自分考えは、誰にも伝わっていません。
みんなから、A子さんはいい子だ、いい女だ、と思われているのです。

A子さんは私の知り合いに実在します。
事実彼女は魅力的な女性で、なにも非難しているわけではありません。

この話を主従の話に当てはめたかったんです。


主人の命令をよくきく、いい奴隷。

でも、
主人に嫌われたくないために命令をきいているとしたら、どうでしょうか。

誰でも相手に嫌われたくない一心で何かをすることはあります。

ただし、それが延々と続くなら、いずれ奴隷は疲弊してしまいそうです。

またわたしは、そういう奴隷を困ったなと思うときがあります。



A子さんは、彼氏とは悩みは尽きないようです。
彼の理不尽な要求を受け入れてしまう・・。お金を貸したり。
嫌われたくないがために、です。

でも、本人は幸せそうです。




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嫌われたくないから・・の話を続けてみようと思います。
今度は絵里というM女性の話です。

絵里は毎日社会で生きていくのが辛い、と感じていました。
他人の目を極端に気にしてしまうタイプです。

他人の目を気にする、ということは、
なにをするにも、
他の人から、こう思われるから、やめよう、とか
~さんが~と言われたから、~しよう、とか
自分の思う通りに生きるのではなく、他人が行動基準。

他人に合わせるのは、自分が傷つきたくないからで、
弱く自信のない自分をがっちりとガードしています。

傷つきたくないので、本当の自分を他人に見せることもありません。
そのため、なかなか気の許せる友達ができない。
A子さんが、周りの人に人気がある事と対照的です。

そんな事を長年繰り返している内に、
絵里は自分の「意見」すら忘れてしまい、
自分が無い状態が、普通になっていたのです。

絵里は、すべての行動基準が「他人」なので、
自分を殺して、他人に合わせなければいけません。
そのため「自分」がない状態で、生きることを辛く感じていたのです。


絵里は人生の道標になるものが欲しい、と言っていました。
主人の命令に従い、唯一人の主人の支配に浸りたいとも。

他者に依存してきた絵里には主従は安楽の場所なのです。
支配されている間は、心から安堵し、辛さは消えていきます。

しかし、私に依存させるような調教をする事は、本人の根本的な解決にはなりません。
また、それは私の調教主旨に反します。

私の調教が、好みのM女に躾けあげるのが事だとすれば、
自立した心、他者に依存しない心を躾けたいものです。
本人にとってもそれが一番幸せでしょう。








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SMに強く惹かれる自分がいる。

そこに入り込んでしまうなら後戻りはできない、と思う。

それなしには生きられなくなる。

それをリアルに想像できるからこそ恐ろしく感じる。


だから簡単に足を踏み入れるわけにはいかない。

今なら後戻りできる。

やめよう、と何度も何度も思う。


でも、そんな気持ちとは裏腹に、心は吸引されていく。

それがまた不安をかき立て、
これが正しいことなのかも分からなくなってしまう。

どうしたらいいのか・・。

泣きたくなる。

混乱する。


だからこそ教えてほしい。

強く規定されたい。

抱きしめられ安心したい。





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